サッカー天皇杯浦和優勝G大阪残念
Jリーグの最終戦と同じ組み合わせとなった天皇杯サッカー決勝戦は、結果的に終了3分前にゴール前のこぼれ玉を浦和レッズの永井が押し込みキーパー松代の手をかすめてゴールし、ロスタイム3分も含めてその後も必死の攻防が続いたが浦和が2年連続、Jリーグと併せて2冠となった。
ガンバ大阪の宮本は、オーストリアのザルツブルグ移籍が決まり、これが国内最終戦であったが、ものにすることができなかった。
国立競技場のスタンドは、地の利か赤が圧倒的に目立ち、宮本がボールをキープしてあがるとブーイングが起こるという空気の中での試合であった。
浦和は、ワシントン、闘莉王など一部主力を欠き、けが人も多く、小野を中心とした布陣で、小野も左かかとを負傷した様子で、ボールは、中盤で運動量が活発だったG大阪が支配し、両サイドを家永と加治がえぐり、シュートチャンスも多かったが、あと一歩の決定的に欠け得点できず、G大阪にとっていやな試合の展開の流れとなった。
結果的にこの主力メンバーで天皇杯の優勝を勝ち取りたいとして選手を交代しなかったG大阪に対し、平川 →長谷部、小野→岡野、鈴木→ 堀之内と交代選手をフルに投入したブッフバルトの戦術が功を奏し、長谷部から出たボールを岡野が走りこみシュートしたボールがDFにあたりコースが変わったところを永井に決められてしまった。
G大阪にとっては、全くアンラッキーなゴールであった。
G大阪は、シュートを21本放ったとのことだったが、鋭いシュートは少なく、浦和のキーパーの都築の好セーブもあって最終的にアンラッキーな1チャンスを浦和に生かされて負ける結果となった。
引いて守られる相手との試合は慣れているはずだが、浦和レッズのゴールは堅く、このゴールの堅さがブッフバルトのサッカーのカラーであったかも知れない。
CキックやFキックなどのセットプレーが多かったが空中戦では、G大阪が不利な様子であったことも決定力に欠けた一つの要因であった。
G大阪にとっては、攻めに攻めてあと少しで勝てそうな試合をあと一歩決めきれず、残念な悔しい試合であった。






