ご苦労さんでした/野茂が現役引退
野茂英雄投手(39)が現役を引退することが、7/17に一斉に報道された。
納得しての引退かと聞かれて野茂は、以下のように応えたとのことだ。
「そんなことは全然ない。引退する時に悔いのない人生だったという人もいるが、僕の場合は悔いが残る」と話した。
「光陰矢のごとし」。
野茂投手のデビュー当時が思い出される。
あの寡黙で一本気なキャラクターは、デビュー当時から変わっていないように思われる。
野茂投手は、ノンプロ時代当時に新日鐵系列の新日鐵化学という会社に所属していた。
新日鐵堺のエースで活躍していたが、たまたま、当時の野茂投手の職場の上司と知り合いになった。
まもなく野茂投手は、ドラフトで8球団からの指名で注目を集めることになった。
その上司から野茂投手は、職場では、どんな人と聞いてみた。
一言で「寡黙で一本気な青年」というのがその応えだった。
マスコミで注目されるとともに野茂投手の会社内での呼ばれ方が以下のように微妙に変化してきたとも。
(「野茂」との呼び捨て→「野茂くん」→「野茂さん」と。)
1989年には、ドラフト1位で当時の近鉄バファローズに入団。
そして、1995年にドジャースに移籍し、その後の活躍は、まさに「トルネード旋風だった。
米球界へのパイオニアとして一時代を築き、日米通算で201勝を挙げた野茂英雄投手。
渡米1年目の95年にはオールスター戦に先発し、ナ・リーグ新人王も受賞。史上4人目となるア・ナ両リーグでのノーヒットノーランも達成した栄光。
しかし年齢的な衰えに加え、2006年6月に手術した右ひじの状態も万全ではなかったようだ。
米国メジャーからマイナー、メキシコリーグへと復活に向けて転戦。
野茂は、ロイヤルズの一員として、今年4月に3年ぶりのメジャー昇格した。
本人としては、これが最後の勝負の場と心に決めていたのかも知れない。
しかしながら結果を残せず、同22日に戦力外通告を受けた。
「まだまだやりたい気持ちが強いが、プロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せないと思う。同じように思っている球団は多いと思う」。
プロとしてのチャレンジももうここまでにしとこう。
そんな思いが引退を決意する引き金になったようだ。
これが、野茂流の“美学”の世界だったと思われる。
野球史にもファンの印象にも残る個性的なミスター・トルネードだった。
お疲れ様でしたといってあげたい。
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